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レッスン ⑥

昨日はジュニア合奏団チェンバロチームの、「夏休みの〆をヤろう」ということで、自宅でいつもとは違うレッスンをした。
レッスンというよりも、お楽しみ会?かなぁ?なんてはっきりしたイメージがないまま、その日を迎えてしまった私は、
とりあえず、カレーを作って待っていた(*^^*)
そうしたら、茅ヶ崎駅からのバスが一緒だったとか…二人はすっかり笑顔で到着。

普段できない足の指からのストレッチをゆっくりやったり、チェンバロとピアノで合奏したり…。
目標にしていた、「夏休みの終わりには 曲として、途中が片手になろうが、合奏の一員として、最後まで合奏についていく!」
これが達成できたんです。
二人とも、自分の役割を気持ちよく感じることができたのではないかと、私には嬉しい合同レッスンでした。

カレーを食べながら、受験(中3、小6)のグチも出てたしね〜^o^
時々、やってみたくなりました。
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雑感

もうずいぶん前の テレビ番組でのことなんですが、「100歳のピアニスト、ホルショフスキー」(多分こんなタイトルだったかな?) というドキュメンタリー番組の中で、彼が音階を弾いているシーンがありましてね。
誰でも知っている「ハノン」の音階ではなく、途中で両手を広げたり閉じたりしているんです。
私はとても気になって、一応楽譜を探したりしましたが、わからないままになっていたんです。
そしてその話を、私は色々な方に 喋っていたらしいんです。
そうしたら、一人の生徒さんが(その当時図書館にお勤めしていらっしゃいました)、「先生!こんなのがありました!」
と 持ってきてくださったのが、岩崎 淑著 「ピアニストの毎日の基礎練習帳」という本でした。
なんとその中に、ホルショフスキーが弾いていた例の音階があるではないですか!
本当に無断で申し訳ないと思いましたが、コピーさせていただき、私の生徒さんだけ(10人ほど)に、練習するように
勧めました。 私は、岩崎 淑さんを存じ上げませんでしたし、出版社に連絡して…という勇気もありませんでしたので、
2年くらい?そのまま使わせていただいていました。
そうしたら!なんと楽器店で 楽譜を見つけたんです。音階だけの物が出版されているんです!
嬉しかったですね〜、ホッといたしました\(^o^)/
そして、それだけではなく!最近 新しく伴奏をお願いすることになった若いピアニストの方が、岩崎 淑さんのお弟子さん!というのです(笑)

お目にかかったら、詳しくその音階の弾き方、練習の仕方などを 教えて頂けるかと思うと、もうワクワクで…(笑)
でも…そのピアニスト(^^)そのことは知らないので、勝手に盛り上がらないように(私の悪い癖)、自分に言い聞かせています。
その日は今月末(*^^*)

雑感

先日 彫刻の 展覧会に行ってきました。友人のご主人が彫刻家なんです。
7人ほどの方の作品が ビルの1階のひろ〜〜い空間の中に置かれていて、それだけで すでに気持ちの良い展覧会でした。

これは、私の只々自分勝手な感想で、申し訳ないのですが…。

何もないところから 形を産み出していく…これって 相当の意思と、パワーが必要なのではないかと思いました。
まず、石にしようか? 木にしようか? 金属にしようか?
というところから決めていくんでしょうね、きっと。(因みに友人のご主人は金属と石を組み合わせて作っている)
そして 重くて動かない物を扱うのですから、しろーとには想像もつかない時間と労力を費やし作品を仕上げていく…。ひょっとして何十年も? 凄いですね〜。

シューマンが 漏らした言葉がありました。

シューマン夫妻の石膏レリーフを作る際に 彫刻家に言ったらしいのです。
「自分が手前で、クララは奥に配置するように」
「創造する芸術家は、再現する芸術家に勝る」 というもの(*^^*)

本当にその通りだなぁって思いました! 有難い!

伴奏

清水音楽工房では 「大人の発表会」を 毎年秋に開催していて、今年は 10月25日に開催いたします。
それで 昨日は、ベートーヴェン チェロソナタに挑んでいる 私よりも10歳少しお姉さんチェリストとの初合わせでした。
この方、ベートーヴェンを相当お好きなようで(愛してやまないと ご本人もおっしゃっている)、チェロソナタを選んで、弾き続けていらっしゃる…らしい。
そして、驚いたことに 「あと、2楽章だけが残っているんです。」と。
えっ⁇ 5曲あるのをすでに演り終え 残すところ 一つの楽章⁇ 4曲は弾き終えている…(*^^*)
凄い!この 想いの強さ!

当たり前の様にCDをよく聞いていらっしゃる様で、チェロとピアノの形をわかっていて 拍数をかぞえて 流れの途中から入ってくる(チェロが)所なんぞ、ゆっくりだが きちんと弾いていらして(プロも難しいらしい) 熱い想いを感じた(*^^*)

私はずーっとアンサンブルを演ってきたので 「相手を感じる」のが 面白いと思う。
「やりとり…(*^^*)」があるのだ。っていうか やりとりしたい のだ(笑)
今回も10人ほどの方との共演があるが、皆さんどんな「音」を奏でてくださるのか?
夏が終わると ボチボチ合わせが始まるかなぁ 。

私も準備に取り掛からなくては…。
「その人、その曲への想い」に 寄り添えたら… 伴奏者冥利につきるな〜(*^^*)

両手の感覚

両手の感覚…というのは 左右の手が助け合っている⁉︎ という感じだろうか?
最近そう思っている。そして そう思うと、いかに若い頃はピアノと向き合っていなかったか!ということを
痛切に感じる。
大学時代は、1年に一度ソロの試験と、アンサンブルの試験。後は 3年生の時に学内演奏会、卒業試験、
今はよく知らないが、必修はそのくらいだった気がする。
自分で進んで本番を作れば、良かったのかもしれないが、私の場合 逃げていたな〜。

廊下を歩いていれば(外にいても)、いたるところから音が聞こえてくる。様々な楽器の個人練習の音である。
もちろん!ピアノの音に反応してる私!がいる訳で、大曲 ・難曲 に挑んで 練習しているパワーにただ圧倒されていた気がする。
私は本当に下手だった(笑) 両手を隠して歩きたかった(笑) これはホント!
何故って、ピアノ科の学生はすぐ解った。
小指側の筋肉がモリモリしていたから(^^;; 私は全く無かった。
あの時、自分の中にピアニストがいることに もっと気付いていたら^o^ 小指の使い方!研究したのになぁ…。
誰も身体の使い方!教えてくれなかったな。( 体操の野口先生はきっと全部わかって、学生に伝えてくださったと思うけれど)
要するに 私には諦めの気持ちが強かったんだと思う、練習しても身体がしんどくなるだけだったから(^^;;

それが、あの時から40年❗️ なんと時間のかかったことか(笑)
小指を使って!両手で弾く! 楽しいではないですか〜(*^^*)

諦めてなかったんですね〜、私の中のピアニスト❤️

この体験、若い頃 ピアニストを断念せざるを得なかった大人の生徒さんに 是非 お伝えしようと…(*^^*)
ちょっとワクワクしている。

ピアニスト ②

いつだったか、テレビの中であるミュージシャンが「100回のリハーサルよりも1回の本番!」と 言っていたのを思い出した。つい先日の音楽工房のライブが終わってから、ずっと私達の演奏を聴いてくれている友人が、「演奏者がまず楽しんでいると感じられまさに『音楽』でした」と感想を送ってくれた。
そうなんだよなぁ、楽しんで演奏する…当たり前なんだけどちょっとしたことで、微妙にできなかったりする(^^;;
このちょっとしたこと!が実は大きな違いになるんだなぁと思っている。
だから本番は「やってみないとわからない❗️」と言うことになるのね〜。
本番中の 演奏者のテンションは、奏者によって微妙に違う。大きく分けて、様子を伺っている人、自分の世界を解放している人…かなぁ? その時にもよるが、今回は解放している人(打楽器のおじさん)のお陰で、他の奏者にそのテンションが伝染した様に思う。
クラシックの奏者は、これがなかなか難しい気がするんです(^^;; 本当はすんごく楽しいことをどっか(身体の奥の方)で知っているはずなのに、それこそ解放できてないのでしょうね。
練習沢山やるより本番❗️という感覚を、感じていかなきゃわからないことなんだと思います。
音楽工房の「営業係」が…要るなぁ(笑)


レッスン ⑤

先週の中学3年生のレッスンの時のこと。
「どう? 最近の調子は?」と、いつものように聞いてみた。(だいたいみんなに聞いている)
「はい…、ビミョーです…。」と言いながら苦笑いしている。
なんか突っこんで欲しそうな オーラを放っているので(笑) 「何?どうしたの?」と少し真顔で聞くと、
「勉強で…、塾の宿題とか…」と。
そっかあ〜、中3!夏! 塾漬けなんだ〜。

とりあえず1曲弾いてみた。本人も「あれ〜、変だな?」と。変な感じを感じているのはわかる。
音が宙に浮いていて、頼りないのである。指も重そうで、ひきにくそう。
これじゃあ 楽しくないよね!っということで。
座布団を出して足の指を1本づつもみほぐすことにした。レッスン中に手首や、腕のストレッチをすることは時々あるが、
足の指を、靴下脱いでやったのは初めて。丁寧にやることにした。

そしてまた弾いた。
「あれ?先生!指が軽いです」笑顔になった。すっかりテンションも上がっている。
この 中学生の心と身体の素直さに私もどんなに助けられるか!こちらもテンション同調!

それであらためて、足の指の大事さと 身体は連動している!を経験させてもらいました。

雑感

私は以前から 子供のコンクールについて色々考えてきている。
そしてやはりコンクールは大人になって(今は18歳以上なのかな?)、自分のはっきりした意思のもと、できれば自分で手続きを進め、参加費も自分で工面して、全て自分の責任で挑戦するのには 大きな意味がある様に感じる。
どんな結果になろうが、覚悟ができているように思うし、次に繋がるように努力したいときっと思うだろう。
でも、それ以下の子供の頃、本当に音楽を人と競い合う材料にしても大丈夫なんだろうか?
「誰ちゃんよりも間違えずに弾けた」「あの子より速く指が動いた…」または、「自分は頑張ってもあの子より下手だ…」 などなど、比較して安心したり心配したり…親御さんも、指導者も、本人も 他人の目を(評価を)気にしての演奏になっていってしまうのではないのか? 私はとても気になってしまう。

「好きなことを選ぶ」ことは 本当に大切なことであって、選んでピアノだったり、バイオリンだったり…その子が興味のある楽器に出会った以上、周りの大人は「嫌いにさせない」という感じを失わず、努力をしていけたらいいと思う。
「見守る」ことは実に忍耐のいることで、また、覚悟もいるように思う。簡単ではない。
でも、音楽を生涯の友として、楽しんでもらいたいからね〜、死ぬまで続けて欲しいから…(*^^*)
子供の頃は、子供にしか味わえない楽しい音楽をたくさん味わって欲しいです。
音楽は その子 そのもの…であって欲しいと。子供だけではなく、大人もその人そのもの…ですよね〜^o^
簡単ではないなぁって思っていますが、そうしたいですね〜。

子供の頃 ⑴

最近のレッスンの時に 「 ○○ちゃんの中にピアニストはいるかしら?」なんて解るような解んないような質問をしていると、自分の子供の頃はどうだったんだろう? とふと思った。。
私の最初のピアノにまつわる記憶は、おもちゃのピアノがあったこと。それも赤い色ではなく、黒い色で黒鍵もあった(笑)
それで幼稚園ぐらいの時遊んでいた気がする。
そんな頃、父の会社が倒産して…でも有難いことに退職金が出て、それがそっくり黒いピカピカのピアノにばけたらしい。父は、私がピアノが好きそうだったから!と言っているが、多分 父がピアノが好きで、おもちゃではない本物のピアノが欲しかったのだろうと 思う。私は恵まれていると思う。
そして、母の女学校時代の友人のピアノの先生に習い始めることになった…。母の実家に寄ってそこから 母の運転する自転車の荷台に乗って、先生の大きなお宅でのレッスンが始まった。
大きな庭に、ガチョウがいたこと、何か他にも小動物がいたこと…、先生はいつも美味しそうなココアを飲んでいた事…、いい匂いだな…と感じたこと(笑) まだまだどこにも ピアニストは出てこないようだ。
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